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© 稲葉尊治 All rights reserved.

20229/6

スケール

仕事を通じて、

様々なスケールを見させていただいてきました。

社会への影響度、

扱うお金の大きさ、

関わる人の数、

行動する範囲といった、

スケール感ですね。

大小、浅深、本当に様々なものを見させていただいてきていたなぁと思います。

(有名がどうとか、お金持ちがどうとか、そういうのにいちいち反応するとか、そんな話しじゃありません)

その振れ幅の例えを分かりやすく言うならば、

初めてグローブを持った小学校1年生とハッピーなおしゃべりをした5分後に、

メジャーリーグの選手とファンタスティックなおしゃべりをするような感じか。

そんな感じを、

もう20年も体験してきました。

もちろんその間に、

「なぜ、こんなに振れ幅のあるものを見ているのだろうか?」と、

問いを持ってみたこともあったのだけど、

そこに対して見出してきた意味は、

「たくさんの人の現実、足下、生きようとしている世界を知ることができて、

人の気持ちがわかるようになれるんだ」

ということとしてきていました。

でも、ここ最近は、僕にとっての意味合いが変わってきました。

「人の気持ちがわかることは、もちろん大切だ。

それに加えて、スケール感によって違う責任の量を

認識できなきゃいかん」と、しています。

スケールの大小で、良し悪し優劣が決まることは絶対にないと思います。

でも、

それぞれのスケール感で、

その生きている世界で、

そこでしか背負うことができない責任がある。

なんなら、背負わなければならない責任がある。

仮に、大小という言葉を使うなら、

大のスケールでは、小のスケールで発生する責任を背負うことはできない。

逆も然りです。

その、ひとりひとり、ひとつひとつの責任の部分をしっかりと捉えた上で、

人に対して、何かを表現することができるかどうか。

そこんとこへのチャレンジスピリッツを持って、

お伝えさせていただいています。

これは、まさしくチャレンジです。

僕にとってですが。

少し、いけてる自分になるためのチャレンジです。

で、落とし所は何かということ、

昔と同じことを見ているはずなのだけど、

「自分の認識が変化する」ことによって、

「昔とは違う答えを手に入れる」ことができるようです。

そして、その答えは、

新しいチャレンジを発生させてくれるということです。

出来事、現象、理不尽といった、

いろいろな場面を体験し、見るけれど、

昔と同じ答えにしちゃいかんですね。

いろいろと変わっているのだから。

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